日文翻译

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第一篇:日文翻译

経営者は「雇用の複雑方程式」をいかに解くか

かつては雇用や人材は「特別な経営資源」とみなされた日本で、「派遣切り」が横行している。その速度と量から、正規従業員も含めた雇用流動化時代の到来を筆者は予想する。

守島基博=文

●一橋大学大学院商学研究科教授 text by Motohiro Morishima 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学院社会学研究科社会学専攻修士課程修了。イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。組織行動論・労使関係論・人的資源管理論でPh.D.を取得。2001年より一橋大学商学部勤務。著書に『人材マネジメント入門』『21世紀の“戦略型”人事部』などがある。

平良 徹=図版作成なぜ経営者の人材観は 変わってしまったのか

企業業績が急激に悪化する中で、企業による素早い雇用調整が始まった。もちろん、バブル経済崩壊直後に比べれば、いまだ大規模ではないし、また、これを書いている時点では、雇用調整の主なターゲットは、派遣労働者、期間従業員など、いわゆる非正規労働力が中心だ。

ただ、正直にいえば、今回非正規雇用に手をつけるスピードと、その徹底ぶりについては、私自身も少し驚いている。そしてそこから受ける印象として、バブル経済崩壊からの回復過程で、わが国の経営者の人材とか雇用に関する考え方が少し変わってしまったのではないかという感覚がある。

非正規雇用の労働者はもともと企業の労働力需要の調整弁として位置づけられてきたことも確かである。以前から非正規労働力は経済が好況のとき簡単に調達でき、また不況のときにも簡単に削減されるバッファーとして位置づけられていた。さらに、ここしばらくの競争環境の変化(例えば、経営のグローバル化の増大)や、非正規労働に関する規制緩和により、企業が需要変動の不確実性に対応するうえで非正規労働力に依存する度合いが大きくなった。好況期においては、需要増加に非正規労働力の増員で対応し、また需要が落ち込んだときには、非正規労働力の削減で対応する。そうした調整方法が経営の定石となっていることを今回の雇用削減の動きは明確に示したのである。

こうした行動は企業にとっては全く合理的である。需要が落ち込んだとき、法的にも社会的にも容認された手段を用いて経営者が雇用調整を行うのは理にかなっている。こんなに速く、多数の非正規雇用者を対象とした雇用削減を、年末年始という日本人にとって大きな意味のある時期に集中しなくても、という残念さは残るが、経営者としては経営のために必要な意思決定を行っただけなのである。それだけで、ここしばらく続いている類の経営者批判をするのはゆきすぎだろう。・悪人・を見つけるとすれば、経営者だけではなく、不況になるとこうしたことが起こる社会をつくってきた私たち自身なのである。

ただ、同時に私が考えたのは、多くの経営者が内面にもつ雇用とか労働とかについての考え方が、昔(特にバブル経済崩壊以前)とは変わってしまったのではないかということである。人材観の変化といってもよい。これまで雇用や人材という領域は、特別な経営資源だった。増やすにしても、減らすにしても、いったん立ち止まって考える存在であったのである。

うがった見方をすれば、こうした立ち止まりは正社員の解雇を難しくする法律や制度のもとで必要に迫られて行っていたことかもしれない。すでに知られているように、わが国では、正社員の解雇は強く規制されている。契約自由の原則に基づき、自由な解雇を認めていた法律の原則に対し、解雇規制が、戦後の歴史的な経緯の中で解雇権濫用に対する法理として司法の場で強化されてきたのである。わかりやすくいえば、法律ではなく、判例の積み重ねによって解雇が強く規制されてきた。

正社員も

景気変動リスクを 引き受けるべきか

多くの経営者は、こうした状況の中でいったん雇用した正規従業員を長期的に活用する仕組みをつくってきたといえよう。妙な言い方になるが、日本企業の強みだといわれる人材を大切にする経営は、ある部分、人材を大切にしなくてはならない経営という側面ももっていた。そうした配慮をしなくてもよい人材グループが、派遣労働者に代表される非正規労働者なのである。

さらに、多くの経営者が、法律による強制などという次元ではなく、人という資源に対して、その存在を重くとらえていたこともしばしば指摘される。

今読むとやや複雑な思いがあるが、例えば、当時トヨタ自動車会長であり日経連会長でもあった奥田碩氏は、10年前、「文藝春秋」1999年10月号に、「経営者よ、クビ切りするなら切腹せよ」という論文を寄稿している。人員削減すれば株価が上がるといった状況を批判し、企業にとって従業員の長期雇用こそ最も重要な施策であると述べ、従業員を削減しなくてはならないとすれば、それは経営者の責任であり、それが守れぬ場合は当然、経営者は腹を切るべきだ、と結んでいる。

当時こうした考え方を理想論だととらえる経営者もいただろうが、そうだとしても、人材を経営の中で特別な存在だと主張する経営者は多かったように思う。今でも、ダイキン工業会長の井上礼之氏の『「基軸は人』を貫いて』(日本経済新聞出版社)などを読むと、こうした考え方は、経営者の中に根強いことがうかがえる。その結果、その言葉を裏切るときは、深く考えなくてはならなかったであろう。雇用に手をつけるのは、多くの経営者にとって苦渋の選択だった。

だが、今回の急激な非正規雇用の削減は、少なくとも非正規労働力については、こうした考え方を適用しない経営者が多いことを示しているのである。もちろん、これはあくまでも非正規労働者に対しての考え方であって、本当に守りたい存在である、正規従業員の場合は違うという主張も成り立つ。非正規労働力は需要変動に対応するためのバッファーであって、人的資本としての正規従業員の雇用は守り抜くという予想もできる。

本当にそうなのだろうか。

今回の非正規労働力削減のスピードと量を前にして、私は上記の問いに対する答えが必ず守り抜かれるとはいえないのではないかと危惧してしまうのである。なぜならば、多くの経営者が、非正規労働力に関する法律面での規制緩和や社会的な考え方の変化に極めて素早く適応し、非正規労働力を需要変動の緩衝材として位置づけたからである。とても素直な反応だった。

そしてこの中で、今始まっている正規従業員の雇用に関する規制緩和への動きの意味を考えてほしい。それは、バッファーとして位置づけられる非正規労働力が増加するにつれて、わが国が二極化社会になり、分断された社会になることへの対応として、正規従業員に関する規制緩和を進めようという議論である。

例えば、大阪大学の大竹文雄氏は、雑誌「WEDGE」2009年2月号に掲載した「正社員の雇用保障を弱め社会の二極化を防げ」という論文で、「労働市場の二極化に歯止めをかけるためには、非正規社員と正社員の雇用保障の差を小さくする必要がある」と述べ、ただし、景気変動への対応のためには、非正規社員の雇用保障を強めるのではなく、「正社員も景気変動リスクを引き受けることを促す仕組みをつくることが必要」と主張する。

私もこうした議論にある程度は賛成だ。今の正規従業員雇用の守られ方が実態に適合しない職場は数多い。もう少し正規従業員の入れ替えを可能にすることは、労働市場の二極化対策だけではなく、人材活用の効率性を高めるためにも必要だろう。

ただ、私が危惧をいだくのは、実際にこうした規制緩和が進んだとして、その中で多くの経営者がどういう行動を取るかである。今回の雇用削減の動きでわかったことは、多くの経営者は、環境が変化すると、それに対してとても素直に反応することである。与えられた環境の中で、最もコストパフォーマンスのいい手段を用いて経営を行うのである。むしろそれが経営者に与えられたミッションなのだから当然だ。逆に環境の短期的な変化に抗して、自分のビジョンや長期的な便益を主張するのは難しい。さらに、それに社会的な是認が与えられるとなおさらそうである。それは今回の企業業績悪化の原因となったサブプライムローン問題が教えるところでもある。

二極化社会でも 競争力の源泉が 人に宿る理由

これまでの日本の経営者の、人を基軸とした経営が、どれだけ法律など環境によって守られてきたものか、または経営者の思いによってつくられてきたものか、はたまた企業経営の長期的な合理性の判断(「人材への投資は、長期的な企業の競争力に繋がる」)に基づいてつくられてきたものかについて研究からいえることは残念ながら少ない。だが、今回の動きを見ていると、正規従業員の雇用に関する規制緩和が進んだ場合、同様のことが起こらないという保証はないと思ってしまう。

いや、おそらく起こるだろう。そうなると、いよいよ日本も本格的な雇用流動化時代に入る。これまでのようにバッファーとして非正規人材を増やすという中途半端な流動化ではなく、正社員を含めて、多くの人が企業間で移動をすることが当たり前の労働移動社会になる可能性がある。なぜならば、そのとき日本の経営における、正社員まで含めた人材という資源の位置づけが変わってしまっているからである。

こうした予想が当たるかどうかはわからない。しかし、社会の二極化は進むだろうし、それに対する一つの方策としての正規従業員の雇用に関する規制緩和というのは様々な意味で魅力的である。特に、社会的に受け入れやすいと考えられる。

ただ、経営としてこうした状況になったとき、考えておかなくてはならないのは、それでもやはり競争力の源泉は人に宿ることである。次の一手を考えるのも、その手を打つのも人である。さらには、企業の変革を実行するのも人なのである。また、企業の経営が危機的なときほど、働く人が企業に対して抱く信頼感やコミットメントが必要なのである。当たり前のことだ。

だが、同時に今後、正社員人材の入れ替えや増加、削減の柔軟性は高くなる。人材活用における短期的なコストダウンや効率化を狙うための選択肢は増えてくる。これが正規従業員の雇用に関する規制緩和が企業経営にとってもつ意味である。

結果として、人材の効率的活用と、長期的にしか便益の発生しない人材への投資をどうバランスさせるかが経営者にとって大きな課題となる。人員の削減はもう苦渋の選択ではないかもしれない。しかし、そうした選択肢に安易に依存して、労働力の調整をすることにより、企業経営にとってどういう影響があるのかを判断するという課題がある。その判断は経営の中で人材という資源をどう位置づけるかに大きく関わってくる。日本において企業の長期的な競争力は経営者の人材観に依存しているように思う。

第二篇:结婚证日文翻译

中華人民共和国

結婚証

******************************************************************************* 中華人民共和国民政部(印鑑)

中華人民共和国民政部は本証明書の製造を監督する

本結婚申請は「中華人民共和国婚姻法」の規定に合致するので、登録を許可し、結婚証を発給する。

登録機関

00000000000民政局 婚姻登記専用章(印鑑)

婚姻登録担当者

証書所持者

登録期日

結婚証明書番号 備考

氏名

国籍

身分証明書番号 氏名

国籍

身分証明書番号 张三

0000年00月00日

***0

张三

性別

中国

生年月日

0000年0月00日 ***000 李四

性別

中国

生年月日

0000年00月00日 ***000

MZHBJZH

結婚しようとする男女双方は自ら婚姻登記機関に赴いて結婚登録をしなければならない。本法の規定に合致する場合、登録して、結婚証を発給する。結婚証を取得することにより、夫婦関係が成立する。No.00000000000 *******************************************************************************

翻訳者: 日付 :

第三篇:日文翻译(精选)

第89到94页的翻译

那么,回到英国发电炉接纳主体的问题上来,根据核能研发的撤退,承诺主体的候补者为,电源开发和电力系统民间公司二者选其一,或者将两者的折中结合起来。围绕这一问题,从1957年七月到八月期间,政界,官员们以及财界都卷入其中展开了激烈的辩论。核能开发委员会以电力为主,电力开发为辅,作为共同事业而进行疏通,以此作为开始,但是却遭到了主张国家管理核能开发的政界,官界一部分人的强烈反对。民营论的旗手正力松太郎即科学技术厅长官(核能委员长)国管论的旗手是河野一郎即经济企划厅长官(二人都属于自由民主党鸠山派)正力和野通过直接的以及第三人介入的方式再三进行交涉,这被新闻界称作“正力河野论争”。这一论争一直持续到八月末才 进行了调停,叫做“关于实用发电炉的接纳主体”的内阁会议于九月三日成立。这一会议的重点是官民合同的“核能发电股份公司”设立,以政府(电源开发)20%,民间80%(以电力为主的九个公司40%,其他公司40%)的出资比率来看很明显民营论获得了实质的胜利。

在这里,到今天为止日本核能开发利用基本的推进和构造固定下来了。日本核能的开发在科学技术厅的保护伞下,以特殊法人为中心而开始,根据电力业界决定以商业用核能发电事业的确立为方向开始运作,开发体制开始急速向二元化道路迈进。1957年末形成了分业体制,电力,通产联合为商业发电用的核能炉有关的业务,科学技术厅组以及其他一切的业务这样的形式,其中科学技术厅组以压倒性优势占据优越地位,电力,通产联合在那之后通过扩大商业用核能发电系统有关的业务得到了壮大。

另外,以前面所述1956年一月的正力核能委员长的商业炉早期引入的发言为契机,主要的电力公司和制造的密切关系为基础,进行了与核能有关的调查研究。举个例子,关西电力公司于1956年四月组织了核能发电委员会(简称APT),以此开始了概念设计演习。采用炉型的顺序为第一阶段采用改良型炉GGR(电源输出功率150000kW)和加压水型轻水炉PWR(电源输出功率134000kW),第二阶段采用沸腾水型轻水炉BWR(电源输出功率180000kW),第三阶段采用重型水炉HWR(电源输出功率为200000kW),第四阶段采用有机材减速冷却型炉(电源输出功率为200000kW)。而且关西电力公司于1957年九月设置了作为本店机构的核能部。

一方面,东京电力公司在1955年11于总经理办公室新设立了核能发电课题,而且在1956年和东芝,日立这两个公司合作成立了东京核能发电合作研究会。根据东京和东芝作为第一部会,东电和日立公司作为第二部会而划分,各自实施各自的概念设计演习。采用炉型的顺序为第一阶段为沸腾水型轻水炉BWR(电源输出功率为125000kW)和加压水型轻水炉PWR(电源输出功率为135000kW),第二阶段为改良型炉GGR(电源输出功率250000kW)。而且,进入第三阶段后着手展开对大规模实用型轻水炉的综合调查。

在这里引人注目的是电力公司最初就想到了引进技术的路线。而且仅从概念设计演习的对象机种来看,早在50年代后半叶,东京电力就将轻水炉视为必走的道路。关西电力有意向发展轻水炉也是事实。这些早就为发电用轻水炉的引入埋下了伏笔。

而这些对于科学界的变动来说,仅是惊鸿一瞥。在日本早露出了核能体制整备的端倪,以政界,官界,财界主导的形式进行,而科学家们也作为顾问扮演了重要的角色。在发展初期起主要作用的科学家们就是物理学家们了。到1950年核分裂研究不再是物理学的重要课题,而加强了工程学的性格,虽然日本的工程学研究者加入核能研究比较晚,但是掌握有关核分裂基础知识的物理学家们在初期得到了器重。当然他们对于核能工程有关的专业知识并非完全掌握,说句老实话,他们现有的知识仅仅是教科书程度的专业知识,但是再没有能担此重任的集团了。

在核能利用准备调查会(1954年5月成立)上,加上五名内阁大臣和经团联会长在内,学术会议的茅诫司和藤冈由夫被任命,二人都是物理学家。二人曾经都是中曾根代议士,据说二人贪得无厌,即使如此,也没有妨碍他们的晋升成为了委员。这样的话,全部委员的四分之一席位被物理学家占据。而且核能委员会(1956年一月成立)第一代委员有四位,其中有两名是科学家(物理学者)。也就是藤冈由夫和汤川秀树。而且同样在核能委员会的第一代参与者内伏见康治,菊池正士,嵯峨根缭吉这三位被任命,半年后茅诫司加入。物理学者很早就担任了政府委员会的要职,与此相比,工程学者进入政府部门稍微晚,汤川秀树为代表的第一代委员的辞职随之兼重宽九郎委员被任命,送走了最初的核能委员会。只是从核能委员会的参与以及专门委员会的水平来看,从一开始工程学者作为顾问就是依照物理学者的标准来确定地位的。再加上核能委员会在1957年以后,设置了很多特定的专门部会。在这些部会里很多工程学者参与进来,结果工程学者开始逐渐担任起主导性的角色。确实工程学者不管是在核能研究解禁的时候,还是在核能预算出现的时候,都没有什么引人注目的行动。而且在核能预算以前,核能研究开始进行的时候也没有表现出任何的关心。但是在1954年核能预算被提出的地时候,核能研究渐渐不在物理学者的守备范围之内。与此相对工程学者作为专家担任主要任务也是理所当然的趋势。

这样的话物理学者的凋零和工程学者的兴起是同时进行的。但虽说是工程学者,但是早就失去了领导核能研究的机会。原因就是当时的核能研究在世界上早就以实用化为目的,投入巨资,以项目为中轴向这样的形势变化发展,变成了以政府和大企业为中心的事业。学习领域的研究者处于官府产业部门推进项目的周边地区,因此不得不追求朴素的主题。

但是学习领域的核能研究却在核能预算范围以外得到了实施。核能基本法即将制定时,国立大学协会(矢内原忠雄会长)向国会提出了一项要求“核能委员会设置法第二条第三项在有关行政机关的核能利用经费里,不包含在大学的研究经费”这一附带决议是由众参两院决定的。第二条第三项以“有关行政机关的核能利用经费的估算以及分配计划事项”为目标。根据“矢内原则”关闭核能预算由大学研究室直接拨款的道路,大学方面的核能研究作为由文部省所管根据独立的预算范围来支持。这样的话,学习领域由于受到重要制度的制约,强制他们必须在文部省的预算范围内进行研究。不过对于通过大学关系者委托研究,协作研究等这样的形式和官厅研究所或民间企业挂钩这样的情况并不能禁止。

并且作为核能领年域的多学科的专业学会“日本核能学会”成立于1959年。这是学术会议利用主动权创立的学会。1955年8月成立的核能特别委员会(简称力特委,伏见康治委员长)是该学会的企划基础。专业学会从一些普通的,关心研究领域的研究者内发的网络组织自然生长起来的组织,在有关核能研究的各种条件没有具备时,经过力特委的决定,各自作为学会设立的推动者的角色而发挥作用。为此力特委召开了“有关大学核能研究和核能科学技术者的养成研讨会”(1956年7月),而且举行了三次“核能研讨会”(第一次1957年一月,第二次1958年二月,第三次1959年二月)。并且在第三次核能研讨会成功闭幕的第二天也就是1959年2月14日,创立总会终于举行。茅诫司被选为第一代会长。

一方面,关于培养人才,在日本全国各地都新设立了核能学科。这样本科学院水平和研究生院的水平都在增长。与核能有关的本科院和研究生院的讲座从1956开始设立(京大以及东工大),到1959年国立大学新增设的讲座研究生院达到7 场,本科院校课程达到了49场。最开始设立专业水平的核能学科的院校是京都大学,于1958年设立。一方面,设立研究生院水平的专业课程的院校为大阪大学,东京工业大学,京都大学这三所大学,于1957年设立比本科院水平设立的还要早。

而且在1956年3月东京大学的核能教育研究委员会作为矢内原忠雄总长的咨询机构成立,成立集结理,工,农,医的总力,跨专业的研究生院水平的核能研究教育组织的构想形成。但是工学院却独自展开了成立核能工学科专业的行动,工学院不顾其他委员的反对于1960年成立该专业。由此东京大学核能综合大学院的构想自然消亡了。而且东京大学从1964年开始,在工学院研究科开设了核能工学专业的研究生院课程,自此专业讲座制为本位的核能人才培养课程完成了。关于原子核反应堆技术的必要最小限度的解说 在这里需要使用若干篇幅,对于轻水堆或者石墨减速气体冷却堆等原子核反应堆相关的专业用语进行必要的最低限度的解说。觉得非常麻烦的读者可以跳过这一节进行阅读。

核反应堆,即通过控制调节它能够使核反应持续发展,并由核燃料及其他配置成的装置。这一定义就是核裂变堆和核聚变堆双方相互适应,以下,仅考虑核裂变的情况。

姓名 : 刘孟花

学号 :2012105009

第四篇:学士学位证书日文翻译

(写真)

xxx,女、xxx年x月xx日生まれ、xxxx xxx 学部 xx 科に在学、4年制本科所定の課程を修了し、卒業した。審査の結果、「中華人民共和国学位条例」の規定に合格し、文学学士学位を授与した。

xxxx学校 学長:

xxx 学位判定委員会主席

証明書番号:xxxxxx

Xxxx年x月xx日

(普通高等教育本科卒業生)

第五篇:日文面料翻译

Cotton /綿棉

Linen /麻布亚麻

Silk /絹/シルク真丝

Rayon /レーヨン人造丝

Viscose /ビスコース粘胶纤维

Nylon /ナイロン尼龙

Polyester /ポリエステル涤纶/聚酯纤维

Acrylic /アクリル腈纶/亚力克

Polyamide /ポリアミド锦纶

Polyethylene /ポリエチレン聚乙烯

Polyurethane /ポリウレタン聚氨酯

Wool /毛/ウール羊毛

Spandex/Elastic/Oplon/ OP /伸縮性がある/エラストマー氨纶/斯潘德克斯弹性纤维

Cashmere /カシミヤ織/カシミア开司米/羊绒

Mohair /モヘア马海毛

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