第一篇:牧瀬心叶ー日语小论文ー梦想
夢幻の青春
人生は無常で、あたかも夢のごとし。
いかに平凡極まる人でも夢がある、年が向上つつあるにつれて、夢はさながら秋の空ごとく移り変わる。「蟻の思いも天に登る、必死こいて勉強すると早かれ遅かれ成功する!」と誓った私も時には力不足で一敗地にまみれてためいきをつく。
成功への道には失敗は免れないである。しかし、若者の熱しやすく冷めやすい性格を象徴するかのように、私の見る限り、自分の夢を貫く最後までやりぬくのは指折りである。若者たちは交差点にためらうの要因は少なからずだが、その主因に指摘されたのはほかでもなく、夢自身だ。
地に足がつかない夢が実現の見込みがない。マルクスによると、我々の為すべくものは「客観性に基づき能動性を運用する」である。現実の認識を無視した将来についての夢は、十分な深さに至らないままに終わるのではないかと思われる。
成功者は常にいばら道を歩くだが、いばら道を歩く人は必ず成功者のはさぞかし認めがたいだろう。世間の荒波に揉まれるほど人が強くなるのは周知されている箴言である。
しかし、好きこそものの上手なれで、夢に力瘤を入れる前に時間を縫って自らの状況をなおも繰り返し推敲を重ねることも、籠で水を汲むのを避ける箴言のではないだろうか。