第一篇:我的梦想日语演讲
私の夢
皆さん、こんにちは。今日のスピ一チのテ一マは「私の夢」でございます。よろしくおねがいいたします。では、始めさせていただいます。
私は、将来、日本語の翻訳者になりたいと思っています。
私は、子供のころから、外国語に夢中になっていました。よくテレビで通訳人が外国人とスムーズに談話するのを見て、感心しました。「すごいわ、私もそのようにすばらく訳者になりたいなあ。」とおもったこと、今も覚えています。それに、外国語により強く興味をお持ちようになったのは、中学校の時から、英語の音楽が好きになってからです。悲しいことがあれば、外国語の音楽を聞くと、その悲しさが緩んできて、落ち着くことができるようになった。わたしは、高校時代から、なんとなく、外国語の翻訳にあこがれてきた。高校から卒業したあと、今まで習った知識が少ないし、能力が劣っていることに気づきました。社会には、自分より知識の豊かなひとがたくさんいます。さらに、現在の社会は競争が激しいので、もし自分の能力が不足だったら、社会から淘汰されるかもしれません。それに、新聞や映画を通じて、私は日本文化に興味を持ちようになりました。日本は、豊かな経済、美しい風景や礼儀のある人をもっている国です。ですがら、にほん語を選びました。
もう二年間ぐらい日本語を勉強しました。日本語の勉強をきっかけにして、今は、訳者になろと決心しました。しかし、学校で勉強した知識は、これから会社に入ってからの専門知識とはぜんぜん違います。学校を卒業してから、必要な単語を勉強しなければならないと考えています。そうしてこそいれば、新しい単語は、私の将来では、重い負担になりません。
テレビ見たすばらし人のように。わたしはなりたいです。この夢のために、私はずっと頑張っています。
以上です、ご清聴ありがとうございます。
第二篇:日语演讲我和日语学习
私と温州医科大学の日本語学習
「拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう」。一年生の時、クラス全員が先生と一緒に歌ったこの歌はまだ耳に残っているのに、もう最終学年の四年生になりました。「光陰矢のごとし」、私が日本語と出会ってから、いつの間にか四年目を迎えました。もしこの四年間の日本語学習を何かに喩えるなら、四季の移り変わりに似ていると思いませんか。私はそう思います。
出会いの季節の春が好きで、特に温州医科大学の生き生きした春が好きです。ぽかぽか陽気に、枯れ葉色の大地や眠っていた木々から、やわらかな緑が芽吹いてきます。そして川岸の桜が満開となり、淡いピンクの花が咲き乱れます。小鳥がさえずり、人々に春の訪れを告げます。それが温州医科大学で出会った初めての春です。大学に入ったばかりの私は人生の春を迎えるように、すべての新鮮な物事に引き付けられました。以前、触れたこともない日本語にも神秘的な魅力が現れました。「一年の計は春にあり」、日本語に対する私の興味もその時期からだんだん芽吹いてきました。
二年生になると、日本語の勉強が急に難しくなりました。簡単な五十音図ではなくて、複雑な文型や文法を覚えなければなりません。毎日何時間もかけて、繰り返し繰り返し暗記しましたが、どうしても覚えられない時もありました。その時期はまったく夏の猛暑のようにたいへん困りました。正直に言って、焦りのため汗が出たときもありました。でも、夏のヒマワリが日差しを浴びて、太陽の方向を向いて今を盛りと咲いているように、私の日本語も勤勉な汗水の灌漑の下で、かなり著しい進歩を遂げました。
春に種を播いて、夏に一生懸命耕せば、秋になると、豊かな収穫がきっとあります。皆さんご承知のように、私たちのキャンパスには銀杏が至るところに植えられていて、秋風が吹くと、実はあちこちに落ちます。日本語を勉強して三年目、私も幾らかの成果を収めました。この一年、私は日本語の朗読コンテストや日本語吹き替えコンテストなどに参加して、それは貴重な経験になりました。またこれらのコンテストに参加したからこそ、ほかの日本語学習者と比べて自分の力不足がはっきり見えて、もっと努力するよう自らを激励することにもなりました。そしてこの年に、日本語能力試験にも合格できて、日本語学習の道を進む上でとても励みになりました。
時は流れ、もう大学の最終学年を迎えました。こうして今、卒業論文や就活のストレスに直面している私たちは、厳しい雰囲気に包まれているのかもしれません。自分の未来についても、雪に覆われたように、よく分からなくて、迷ってしまうときがあります。でも、この辛い時期を乗り切りさえすれば、また新しい旅の出発を迎えることができます。
四季が移り変わるように、大学の四年間も過ぎていきます。私は温州医科大学日本語科での勉学にもうすぐ「さよなら」を言わなければなりませんが、日本語学習との縁は切りません。卒業してからも、ずっと日本語を捨てないで、夢を抱いて日本語学習の道を進んでいきます。
第三篇:日语演讲
大家都看过《网球王子》吧,正因为这部精彩的日本动漫,我认识并喜爱上了网球。但因为在中学时没有条件所以打网球只是梦想。上了大学,我们学校这十片免费的球场得以是我的梦想成真。通过网球我认识了很多朋友并得到很多乐趣。网球已经是我大学生活的一部分了。真是一项很有趣的运动,虽然对初学者来说很难掌握,但你一旦投入其中,你会得到很多有价值的东西——男生可以变得更帅气、更强壮;女生可以变得更有气质、更美丽。让我们一起来看看吧。
(幻灯片切入)
他们都是网球名将,同时也是帅哥美女。这更加显示出了了网球的魅力。想变得更帅气吗?想变得更美丽吗?一起来打网球吧!
我的演讲到此结束,谢谢!
皆さん、「テニスの王子様(おうじさま)」というアニメが見たことはきっとあるでしょう。このすばらしいアニメのおかげで、僕はテニスについてのことを知ってきて好きになりました。でも高校時代テニスをする条件(じょうけん)がなかったから、テニスをすることはただ一つの夢です。大学に入(はい)って、学校のグラウンドが無料(むりょう)ですから、僕の夢はやっと叶(かな)えました。テニスを通(とお)して多くの友達ができて、いろいろな楽しみをもらいました。テニスは今僕の生活(せいかつ)の一部(いちぶ)になりました。テニスは面白いスポーツで、初心者(しょしんしゃ)にとってはむずかしいですけど、夢中(むちゅう)になったらいろいろないいことが得(え)られます。男の子はもっとかっこよく、丈夫(じょうぶ)になられて、女の子はもっと気質(きしつ)を持って、きれいになられます。見てみましょう。
彼たちは全部有名なテニス選手(せんしゅ)だと同時(どうじ)にイケメンと美人です。これもテニスの魅力(みりょく)を表(あらわ)しました。もっとかっこよくなりたいですか?もっときれいになりたいですか?一緒にテニスをしましょう。
以上(いじょう)です。ありがとうございます。
第四篇:日语作文--我的梦想
私の梦
小さい時から今まで、皆さんと同じように、私はいろいろな梦を持ってきました。
子供の時、友達だけと一绪に遊びましたから、その時の梦はいろいろな友達と遊ぶことでした。何も考えないで、一日中遊んでいました。今、そう思ったら、これは私の一番嬉しかった時です。その後、学校へ通って、先生のように多くの知識を持って、学生たちに学問を教えてあげて本当にいいと思います。その時からずっと頑張ってこの目标に達成したい、今までも頑張ります。
我的梦想
从小到大,我和大家一样都有各种各样的梦想。
小时候的梦想,只想和朋友一起玩,什么都不想,一天玩到晚。现在想起那些都是我最开心的时候。
后来,上学之后,感觉像老师那样拥有很多知识,把很多学问交给学生们是件很了不起的事,所以从那时候起我一直努力想达成我这个梦想,直到现在还一直努力着。
第五篇:日语演讲
人一生下来,便已懂得坚持
私たち人間はなぜこの地球に生まれ、なぜこの世に生きているのか、考えたことありますか?この世界の65億人はみんなそれぞれ自分の国籍や文化を持っています。しかし、みなさんが生きている上で、誰もが大きな夢があります。それは「幸せ」になることです。これは国籍関係ありません。人間は成長するため、そして幸せをつかむため、この世に生まれてきました。しかし、この幸せの感じ方はみな一人ひとり違います。さて、幸せをつかむために何をしなければならないのか?
私たちは成長するためにこの世に生まれてきました。成長とは、いろんな事を経験し、失敗を繰り返し、そして反省する、これが成長です。赤ちゃんの時、誰もがいろんな物に対して興味津々でした。これもやってみたい、あれもやってみたい、赤ちゃんはとても積極的です。しかし、人間はいろんな事を繰り返していく中、失敗をして、恐怖感を覚え、消極的になった人が世の中にはたくさんいます。私は今の若者には積極性が足りないと思います。何も最初から自分はダメだと思い、そして恐れ、やる前から自信を失い、常に同じ事しか繰り返していません。確かに、同じことを繰り返すことは大事だが、それでは成長していくことはできません。結果、世の中だけどんどん変化し、自分はいつまでも、立ち止っている状態です。
人間は成長していく上、時には赤ちゃんの時の自分を思い出すことは大事だと思います。この積極性をずっと持っていれば、どんどん成長していくことができます。世の中にはこういう言葉をよく耳にします。「できる組」と「できない組」、私はこの表現はちょっと違うと思います。「できるか」「できないか」じゃなくて、「やるか」「やらないか」だと思います。失敗を恐れてたらいつまでも前に進みません。失敗は成功の母です。いかにも沢山の失敗を繰り返す事で立派な人間に成長していくのです。最初から興味がないからやらないというよりも、何に対してもチャレンジし、真剣に努力をしてみようという姿は大事なのです。この世はすべて平等です。うまくいく時やうまくいかない時は誰もが経験しています。そこで、うまくいかない時にも諦めず、頑張って続ける人と、うまくいかず諦める人が最後に得る物も全然違ってきます。
人間は幸福をつかむためこの世に生まれてきました。私たちが生きていく上、もちろんどんどん成長していきます。今まで先祖や父母が一生懸命私たちに辛い思いをさせたくないからといろんな事を経験してきました。人間は過去のために生きていません。人間は未来のために生きています。私たちはこれから、次の世代が苦労しないように変えていくのは当然です。その中で、やはり一人ひとりがいろんな失敗を経験することはとても大事だと思います。頑張るほど、チャンスはいっぱいやってくる。夢は逃げない、逃げるのはいつも自分だ。人生はいつ死を迎えるかわかりません。死にたくないと思ってもやってくる時は必ずやってきます。大事なのは、後悔しないことです。毎日の一分一秒を大事にし、必死に生きると、きっと自分の人生が変わってきます。なぜなら、人間生まれてみな頑張る力を持っているからです。
各位有没有想过,我们人为什么会在这个地球上诞生,在这个社会中生存着?这世上的65亿人,每个人都拥有不同的国籍和文化。可但凡活着,我们心中都会有一个大大的梦想,且无关国籍,那便是获得“幸福”。为了经历成长,为了抓住幸福,人们来到了这个世界。然而,如何去感受这种幸福,却是因人而异。那么,怎样才能得到幸福呢?
为了成长,我们降临到这个世界。而所谓成长,便是历经风雨、屡尝失败、责躬省过。每个人在婴孩时期,都会对周围的一切充满好奇,什么都想试下,颇为积极。但在不断尝试不断失败后,很多人有了恐惧心理,开始对世事消极回避。个人认为,现在的年轻人就是缺乏积极性。不管做什么,一开始就否定自己、畏手畏脚,还没做就失去了自信,只会一味重复同样的事情。虽然在反复中积累经验也很重要,但仅凭这个,人是无法成长的。长此以往,其后果便是——世事变化万千,你却永远只在原地踏步。
人在成长过程中,需要时常去回忆儿时的自己,我认为这点非常重要。只要保持这种积极性,人就能不断蜕变。“能干之人”“无用之人”两个词我们常有耳闻,但我却觉得这表达有点问题。人不分能干还是无用,只看做还是不做。失败乃成功之母,畏惧失败只会停滞不前,屡败屡战才能使人变得出色。凡事都去尝试一下,以认真努力的姿态去面对,这是关键,而不是一开始就因为不感兴趣而放弃。这世界万事万物平等,所谓风水轮流转。因此,在挫折面前亦不放弃、坚持努力的人,和一遇到挫折就倒下的人,到最后收获的东西是截然不同的。
为了抓住幸福,我们降临到这个世界。我们一直活下去,自然也是一直蜕变着。我们的祖先和父母为了不让我们吃苦而拼命努力,饱经风霜。人,不是为了过去而活着,而是为了将来。理所当然的,为了让我们的后代不用经受磨难,我们今后也要不断做出改变。而在这过程中,每个人都应该去经历各种失败,这点很重要。越是努力,命运女神越是会垂青于你。梦想不会逃走,逃走的总是自己。人生路上,我们不能预知自己的死期,那一天若是来了,想逃也逃不掉,重要的是,要做到无怨无悔。只要懂得珍惜每天每分每秒,努力活着,人生就一定会改变。因为人一生下来,便已懂得坚持。